小説【Schwarz Schneide

哀れなる魂たちの幻想曲 3



「わしの名前はアイデクス。この建物は、元は魔術を正しく扱う為に作られた魔術書の図書館で、わしはその創始者なのだ…」
気がつくと、周りを取り囲む光が消え、二人は建物の中にいた。床も天井も全てが真新しい木造で、壁一面の本棚には無数の書物が並べられている。広い部屋の中央には長い机が多数置かれており、ランプを傍らにローブ姿の若者達が読書にふけっている姿があった。その人間の姿だけがうっすらと透き通っている。
「ここで学生達は魔術を学び、時にはわしが学ぶ事もあった。互いに魔術に関しての意見を交し合い、これからの魔術のあり方について議論した。実験に失敗して部屋を壊したり、街に疫病が流行った時には学生達総出で病人の治療にあたったりした。皆、素直で可愛い子供達だった。だが…」
 辺りが暗転し、次にラクウェルが見たのは。
「ある日、この図書館を狙った盗賊達がわしの書いた魔術書を盗み出し、それを元に新たな魔法を作り出したのだ。次元を歪めて、魔界から生物を呼び出す"秘術"を…」
 突然目の前に現れた、蛇のような禍禍しい生物。それが半透明で明らかにその場に存在しているものでなければ、彼女はすぐさま攻撃魔法を繰り出していたであろう。しかし、彼女は冷静にその生物を見据えた。
「魔力を編み上げる数々の公式を応用すれば、様々な魔法を使う事ができるのは、魔術師であるそなたならわかるであろう。だが、自らの命を魔力に編み込んでまで作り出す意味があったのか!わしは魔道書を取り戻そうと盗賊達に挑み、命を落とした。そしてわしと共に戦ってくれた多くの命をも犠牲にして、戦いは終結した。盗賊達は魔道書から流れ出る魔力に飲みこまれて自滅した。だが、彼らや学生達の魂はそのまま…。わしはただ魔道書を返して欲しいのではない。この今は無き図書館に今でもさまよい続けている、わしの愛する学生達とその秘術によってこの世界に来させられてしまった魔界生物たちの魂を、救ってやりたいのだ…」
「…」
 狂おしく語るアイデクスの言葉に、とり憑かれたようにラクウェルは聞き入っていた。あの暗闇に包まれた墓地に自分の意識が戻り、アイデクスの姿がうっすらと空気に同化して消えていくのにもしばらくの間気づかずに。
「この墓地に、哀れな者たちの魂が…」
 目を閉じ、両手の平をまっすぐ前方に向ける。その指先から魔力の光が発生し、彼女を護るように取り囲んだ。その匂いを嗅ぎつけたのか、すぐにどこからともなく猛獣が唸り声をあげて襲いかかってきた。
「風よ、護れ!」
 瞬間的に、光の壁があらわれる。その壁に阻まれて動きを止めた半透明の獣は、すぐにその姿を消した。そして、ラクウェルの後ろからまた姿をあらわし、その魔力を食らおうと牙を光らせる。
「炎よ、踊れ!」
 彼女が最小限の詠唱と共に編み出した炎が、獣を焼き尽くす。それは、一瞬の出来事だった。魔力を解放して、ふと溜息をつく。
「キリがないわね…」
 目の前には、いつの間にかあらわれた無数の魂だけの獣。上空にも無数の魂が、悲壮な叫び声をあげている。周囲を一瞥して、彼女は印を組んだ。
「現世の全てを識る大いなる光よ、その清廉なる力にて暗闇に迷える魂を浄化せん」
 詠唱が終わった瞬間、彼女の体の中心から光が溢れ出した。その光は墓地を覆い尽くすほどに広がり、彼女は自分自身が光になったような、浮遊しているような感覚に身を委ねた。
 光に包まれて、悲しみの魂たちが浄化されていく。その一つ一つが泡となってはじける瞬間、魔法を研究し尽くした満足感と自分を解放してくれた喜び、そして幻となった魔道書を手にゆっくりと消えゆくアイデクスの感謝の念が彼女に降り注いだ。その光の奥に、一瞬見えた緑色のあどけない顔は…?