小説【Schwarz Schneide

哀れなる魂たちの幻想曲 2



「もう、ここはどこかしら。完全に迷っちゃったわね…」
 ラクウェル以外の4人が先に合流して宿で一泊している時、彼女は一人エルヘブンの街外れにいた。もう日もすっかり落ちて、深い闇が辺りを埋め尽くしている。この一帯は特に民家や店も無く、街灯も無いので、通る人もほとんどいない。いたとしても、闇に紛れて仕事をする盗賊か、行き場の無い物乞いぐらいだろう。
 急に寒気を感じ、ラクウェルはその場を去ろうとした。辺りを見回し、月の光を頼りにできるだけ大きな通りへ続く道を探す。
 と、その時。
「…何かしら…」
 どこからか、物音が聞こえる。しかも、それほど遠い所からではない。
 無視するか、音のした方に行ってみるか…悩んだのは一瞬だった。近寄らなければ面倒に巻き込まれる事も無いとわかってはいたが、それでも何かが彼女を引きつけた。
 暗い小道を、ただひたすらに走っていった。その先には、何かを強く打ちつけるような激しい音。その音が聞こえる先には、ぽっかりと闇が口を開けていたが、磁石に引き寄せられるように、彼女は走った。
「これは…何という強い魔力…」
 彼女を引きつけたのは、音だけではなかった。目では見ることのできず、平凡な人間には感じる事のできない、だが、操り方を知ればどのような力にも勝るという不思議なもの。幼い頃からそれに深く関わってきた彼女は、その「魔力」と呼ばれるものが、聞こえてくる音と共に強く発せられている事を感じた。
 どん、どん、どん―――
 心臓の鼓動と共に、こめかみの辺りにまで音は響き渡っている。
そして。
「…墓地…?」
 目的地にたどり着いた瞬間、その音は止まった。静寂に包まれて目の前に広がるのは、無数の墓石。足元に色とりどりの花が咲き乱れているのは、昼間の墓参り客が多かったからであろう。
 足を止めたラクウェルの背後に、何かの気配を感じた。彼女が振り向く前にそれが彼女に襲い掛かる。ラクウェルには、ただ目を閉じる事しかできなかった。

「魔道書を…」
低く地を這うような声が聞こえた。ゆっくりと目を開けると、そこには先程の墓地は無く、巨大な洋館が暗闇に浮かび上がっていた。
「返せ…」
 足元に、一人の老人がかがみこんでいる。声は彼の喉からかすかに聞こえていた。「魔道書を返してくれ…!」
突然顔を上げ、血走った目で老人はラクウェルを見つめた。
「おじいさん、しっかりして」
 その気迫に少々たじろぎながらも、今にもふっと消えてしまいそうな老人の細い腕を両手で支える。その腕は寒さにでも恐怖にでもなく、震えている。その冷たい手に、ラクウェルは気づいた。この老人の肉体は、もう…。
 細い腕に、かすかに力がこもった。ラクウェルの両手をゆっくりと振りほどくと、老人はよろけながら体を起こし、目の前にそびえ立つ物々しい洋館に向かって震え続ける指を突きたてた。
「わしの命よりも大事なものが…」
 その視線は瀕死の老人のものではなく、何か不思議な力を持つように感じて、ラクウェルは礼儀正しく問い掛けた。
「あの、詳しく話していただけませんか?私は魔術師のラクウェルと申します。もし私にできることでしたら、お手伝いさせていただきたいのですが…」
 その言葉に、ふと老人の瞳が輝く。
「本当か?…うむ、その目は嘘をついておらぬ目だな。では話そう」
 老人が瞳を閉じた瞬間、辺りは光に包まれた。