小説【Schwarz Schneide

出会い 1



 彼の名はレヴリス・イーズ。彼の住む世界で、彼は若き王だった。豪奢な王宮で、貴族や騎士達に囲まれて優雅に暮らす毎日。しかし、眠りの先に飛び立ったこの世界では、王であろうと平民であろうと、“冒険者”として転生されてしまえば身分に差はない。レヴリスが王である事を放棄してまでこの世界を訪れたのには、一つの理由があった。
 それは、彼の外見である。
 額冠の飾りのように見える角、白いマントで覆って隠してある2対の黄金色の翼。その姿を見た大陸の者から、“異形の魔王”と呼ばれ、常に恐れられてきた。しかし、彼自身はその姿からは想像もつかないほど温厚で繊細な性格をしている。そして、彼と同じような姿を持ち、同じく大陸の者から忌み嫌われている彼の国の民たちを慈しんでいる。
―いつか、この姿の者たちも受け入れられるように…―
 そんな切実な願いが、彼をこのアストローナの地へ導いたのだった。

 街並みを眺めながら、ゆっくりと歩いているレヴリスの脇を、少年が足早に追い越していった。
 その後ろ姿を見て、彼はふと足を止める。
―ここは、“異世界”なのだ―
 アストローナ大陸の北東に位置する都市エルヘブン。そこには、レヴリスの住んでいる世界とさほど変わらない街並みが広がっている。行き交うのは“普通”の人間達、そして、青すぎる青空。その風景に、彼自身も溶け込んでいるように見えた。
 しかし、彼は違っていた。
―少なくとも、自分は違っている。“異形”の自分は―
 そう思っていた時に、通り過ぎた少年。
 その背中には、鳥のような翼があった。小さいが、まぎれもなくその背中から生えている白い翼。その証拠に、少年が歩くのに合わせて意志があるようにパタパタと動いている。
 レヴリスは、背中を覆っているマントの留め金に手をかけた。あれほど目立つ翼を持つ少年が通り過ぎた後も、何も変わらない街並み。ここなら、この姿も異形ではないのだろうか…。
 その瞬間、街が一瞬ざわめいた。
 道端に露店を開いている男が、レヴリスの方を見て驚いた様に目を見開く。続いて、露店の商品を見ていた年配の女の、短い悲鳴。道の反対側で遊んでいた子供達が、大急ぎで駆けて行く。
「??」
 翼を広げた訳でもないのに、随分な驚き様だ。所詮こんな世界だったのか、と心底がっかりしながら、外しかけた留め金を元に戻した。
 と、その時。
「そこ!どいてー!!」
「…えっ?」
 レヴリスは後ろからの衝撃に、反射的に魔力を放出した。マントが破れ、背中の翼が剥き出しになる。土煙が引くと同時に、全身で受けとめた衝撃の大きさに、思わずその場に倒れこんだ。
 外れた額冠が転がるのを横目に見ながら、ゆっくりと意識を手放そうとした。こんな世界になら、もう自分は存在しなくていい。眠りを通じて、もとの世界に帰れれば…。
 しかし、それは叶う事はなかった。
「ちょっと、君!大丈夫か!!」
 彼を抱え起こし、肩を掴んで力任せに揺さぶるのは、先ほどの露天商の男。その隣で白魔法を唱えているのは、純白の法衣を纏った少女だった。
「…一体何が…?」
「待ってください、動かないで」
 少女の詠唱と共に、体中の痛みが消えていく。白魔法に癒されながら、レヴリスはこの短い間にあった出来事を頭の中で整理していた。
 マントを脱ぐのをやめてから、後ろから何かがぶつかってきて…。
 ふと横を見ると、金属の塊が点々と転がっている。そして、その塊の中心に座りこんでいるのは、革製のボディスーツに身を包んだ、まだ幼い女の子。
「あ〜あ、どうしよう〜…」
 今にも泣きそうなその声。その原因が、自分にあるのは明らかだ。
 まだ少し痛む体を無理やり起こし、法衣の少女が止めるのを半ば無視して、壊れた機械を呆然と見つめる女の子の元に駆け寄る。
「あの〜…」
 駆け寄ったはいいが、どう声をかけていいのか迷う。よく見ると、この飛び散った金属の塊は、元は一つの大きな道具だったようだ。レヴリスは金属の破片を一つ拾い上げると、まじまじと見つめた。
「これは…」
「あたしの愛車が〜…」
 愛車…車だったのか。
「せっかく、鍛冶職人のおじいちゃんに作ってもらったのに〜」
 この部品は胴体の一部で…あそこに転がっているのは、車輪だな。となると…動力になる部品はあのあたりにバラバラになっているのを組み合わせれば…。
「あの、僕が直しましょうか…?」
 思わず口から出てしまった言葉に、女の子が驚いた様に振り向く。
「本当!?」
「ええ、もとは僕が壊してしまったものですから。壊せたのなら直せますよ、きっと」

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